Vandalieuが入院してから四日目。Psychiatric clinic、通称clinicの雰囲気は変わりつつある。
陰鬱な監獄のようだった建物に、何かが致命的に間違っているような活気と明るさが混じりつつあった。
「おはようございます、sensei」
Vandalieuが入院する前は心が壊れ、複数の人格に分裂していた患者がまるで聖人のように穏やかな顔つきで担当医に挨拶するようになった。
「やあ、-kunとは初めましてかな?」
「ふふふ、何を言っているのですかsensei。私は私ですよ」
最初は新しい人格が出たのかと思った担当医だが、彼は元の人格に戻っていた。一体どうして治ったのかと、担当医は驚いて尋ねたが……彼は治っていなかった。
「簡単な事ですよ。我々は神に出会ったのです。泣きながら縋る私を、神は導いてくれました。そして私に言ったのです、『まず、話し合いなさい』と。
我々はその言葉に従って我々と話しました。私は私と私について話し、私達の誰が正しいか討論し、私は何を間違えたのか私と検討し、私達はどうするべきか悩み、考え、話し合ったのです。
その結果、私達は私であるというMariに辿り着きました」
「……そ、そうかね」
これは完治ではなく悪化だ。そう判断した担当医は、患者に飲ませる薬の量を増やすよう、指示を出そうとした。
『senseiもそう思いませんか?』
だが、真正面にいるはずの患者に、真横から話しかけられて担当医は凍り付いた。
『sensei、お薬の時間ですか?』
『僕、あの薬嫌いだよー。だって苦いんだもん!』
『selfishnessを言っちゃいけません、私よ』
『じゃあ、僕が飲んでよ。僕は遊んでるから』
『俺はいつもそうだ。いつも嫌な事は俺に押し付ける』
「な、なんだこれは……!?」
そして、担当医の視界はcountlessの患者で埋め尽くされていた。彼等は全員同じ顔で同じ声だ。しかし、顔つきや口調が異なり、まるで似ているだけの別人の集まりのように見える。しかし、全員が同じ人物だ。
「senseiにも見えるでしょう、私が」
そして、見えている者達が患者の言う『私達』……彼の人格だと気がついた担当医はscreechをあげ、彼のsickroomから逃げ出した。
「sensei、また私達の話を聞いてくださいね。待っていますから、『私達』は」
その背に患者の声が投げかけられたが、彼自身のscreechの音がうるさくて担当医の耳には入らなかった。
他にも、自分を悪魔だと信じ込んでいたはずの患者は、何故かsickroomでmuscleを鍛え始めた。
「私が間違っていたよ。彼が言ったんだ、私はHumanだと。そしてBodyを鍛えれば、いずれHumanを超えた存在になれると! その暁にはお前達を虫けらのように踏みつぶしてやるからな!」
悪魔だと思い込んでいた間は哀れな患者だったが、今や危険な言動を繰り返しながらTrainingをする危険人物になってしまった。
他にも生ける屍のようになっていたShoujoや、幼児退行していたmale、自分を殺そうとする何者かの幻聴に悩まされていたfemale等の患者が、それぞれ一見すると突然快方に向かっているように見える。
Shoujoは自分の手で食事を取るようになり、maleは勉強をしたいと言い出すようになり、femaleは幻聴を聞かなくなったという。
同時に、Shoujoは「あのお方が約束してくれたの。私を生まれ変わらせてくれるって。でもそのためには、生まれ変わるのに耐えられるEnduranceが必要なの」と語り、maleは「お兄-chanが言ったんだ。一歩一歩大人になろうって。お勉強から始めようって」と証言し、femaleは「もう何も怖くなくなったの。例え今この瞬間殺されたって構わない。私は悪霊となり、復讐を成してみせる。あの方は私の憎しみを祝福してくれた」と言った。
全員、Vandalieuとは縁もゆかりもない患者だ。彼が入院した後も、知り合う機会はないはずだ。Vandalieuのroomの前には見張りが常に配置され、彼は外に出る事を許されていない。診察もsickroomの中で行われている。roomを抜け出す瞬間や、患者と会っている現場を見た者はおらず、また証拠の類も一切ない。
だが、clinic側はVandalieuが関与しているに違いないと考えていた。何故なら、患者達に変化が現れたのは彼が入院してからなのだ。
それに、患者達は自分達に変化をもたらした存在の事を「彼」や「お兄-chan」と呼んでいる。やはり、Vandalieuが絡んでいるとしか思えない。
「しかし、直接接触するのは危険だ。既に担当医が一人……取り込まれてしまった」
clinicの医師やCleric数人とDirectorはそう話し合っていた。
「ああ、Hoover・Tohn医師か。あの患者を一目見て、手の施しようがないと言ったという……」
「その後、即刻退院させるべきだと言われたのだがね……Alcrem Dukeからのintroduction状に多額の寄付を受け取ってしまった後では……」
「それで、彼は今どこに?」
「彼のroomだ。……一階の隅にある」
Vandalieuを診察したHoover・Tohn医師は、Vandalieuの主治医を任されたため、彼を診察しなければならなくなった。手の施しようがないと彼自身は気がついていたが、主治医にされてしまった以上どうしようもない。
職務を放棄してDirectorに逆らってもいいが、それでは最悪の場合首……それもこのclinicの場合物理的に首を飛ばされる可能性がある。
入院している患者たちの多くは、Nobleの関係者だ。EmotionalにDiseaseんでいても……中には実際にはDiseaseんでいないが、Diseaseんでいるという事にされている……Memoryを失った訳ではない。患者のfamilyにとって不都合な情報を口にして、それをDoctorや職員が聞いていたかもしれない。
それを口止めするために、ここの給料は破格だ。しかし、ここを円満に退職しなかったHumanは金以外の方法で口を封じられてしまうと、専らの噂である。
Hooverもそれは避けたい。そのため、仕方なくVandalieuを診察した。
するとどうだろう、普段から鬱々としてshadowがあったHoover・Tohn医師が急に爽やかな笑みを浮かべ、frankに同僚や職員達に話しかけるようになったのだ。
Directorは慌てて彼を呼び出し、何があったのかを尋ねた。それに対して彼は、笑みを湛えたまま答えた。
『ただ、話をしただけですよ。私は彼を狂っていると言いましたが、間違っていました。彼は狂っているのではない……我々とは異なるだけなのです。HumanとElfでは寿命が違うため、時間の感覚がどうしてもズレる。それと同じなのですよ。ただ、ズレがHumanとElfの場合とは比べ物にならない程大きいだけで。
それを理解した私は彼に謝罪しました。すると彼は私の謝罪を受け入れ、そればかりか話を聞いてくれたのです。私はすべてを彼に話し――』
そこまで聞いた時点で、DirectorはHoover・Tohn医師を職員に命じて拘束させた。そして彼を医師ではなく患者として扱うよう指示を出し、sickroomに監禁したのだ。
「今は-sama子を見ているが、元の彼に戻る-sama子がないようなら『自殺』してもらう事になる。残念だが、あのconditionでは口を封じるにはそうするしかない」
重苦しい口調で告げたDirectorの言葉に、医師やClericたちは顔色を悪くした。これまでも同僚が処理され、『自殺』したという事になったのを彼らは知っているからだ。
「それよりも、Vandalieu Zakkartはどうするのですか? 私は嫌ですよ、彼を担当するのは!」
「わ、私もです!」
次々にHooverの後釜……いや、二の舞Candidateになる事を拒否する医師やCleric達。彼らもPsychiatric clinicに勤めて患者を診てきたため、時には医師が患者のimpactを受けて心をDiseaseんでしまう事があると聞かされている。しかし、Vandalieuにはそれ以上の得体の知れない何かがある事を察していた。
「Vandalieuはもういい! 彼は監視するだけで放置する事にした。ただ、人数を倍に増やす。それよりも、他の患者……特に、Amelia Sauronだ。彼女に薬を投与しなければならん」
「Amelia Sauronにですか? 確かに快方に向かいつつあるようですが、それよりも私の患者をどうにかしてください!」
「私の患者も異常なんです! 腕立てや腹筋をするようになり――」
「ええいっ! -kun達の患者は快方に向かっているのではなく、別の方向にDiseaseみだしただけだろう! Amelia Sauronは快方に向かっているのだぞ! EarlからはDisease状を維持しろと依頼を受けているというのにだ!
このままでは我々の信用問題にdevelopmentしかねないのだぞ!」
clinicが快方に向かっている患者を問題視する。医療機関としての存在意義を問われかねない問題発言だが、そもそもこのPsychiatric clinicは医療機関よりも、MentalをDiseaseんで放置しておくと外聞が悪い Nobleや大商人の身内や、都合が悪くなったHumanを死ぬまで監禁しておくための施設として利用されている。
遥か以前は医療機関として患者の回復を目指していた時期もあっただろうが、少なくとも今のDirectorが就任する前からそのconditionが続いている。
だから、普通の患者ならともかく監禁し続けるよう依頼された者に完治されるとまずいのだ。
Rimsand Earlからの寄付金を失うだけならいい。だが、Earlから他のNobleに情報が伝播し、信頼を失ったら問題だ。監禁施設としての信頼を失えば、治療実績がない……それどころか患者が入院中に死亡してばかりのclinicに何の価値があるだろうか。
そしてこの施設で働き、患者から各Nobleの秘密を知っている可能性がある自分達に、「他の道」は無い。
だからこそDirectorとしては、Ameliaを快方に向かわせる訳にはいかないのだ。
「Amelia Sauronはどれほど回復しているのか、改めて説明を」
「はい、以前は視界に入ったmaleを、頻繁に自分の夫だと思い込んでいました。娘やその侍女がいないときは、ほぼ確実に。しかし、今では主治医である私や職員の顔を見分け夫ではないとしっかり認識しているようです。
しかし、見張りにつけた職員によると存在しない『夫』の幻覚を見続けているらしく、話しかけ会話をしていると思い込んでいるのはそのままのようです」
「完全ではないが、たしかに回復傾向にありますね。やはり、ここ数日薬を飲ませていないからでしょうか?」
「以前、Amelia Sauronが風邪をひいて寝込んだ時に薬を一週間程控えたが、その時は何のimpactも出ていなかったはずだぞ。やはり、Vandalieuの――」
「今はVandalieuだけでなく、Amelia Sauronが回復した要因の解明も後回しだ。彼女を元通りか、それ以下のconditionにしなければならんのだ!」
「……」
そんな事を話しているDirector達の背後に佇む黒い肌をした青年は、溜息を吐いて首をゆっくり左右に振った。まるで「救いがたい連中だ」とでも言うかのように。
そして無造作に通気口の前まで歩いていくと、青年は音もなく崩れ肉の塊に姿を変える。そしてchunk of meatとなった青年……Legionを構成する人格の一つであるGhostは、数秒で細長い紐状に姿を変えて通気口の中に入り込んでいった。
Director達は、Ghostが去った後も彼の存在に気がつかなかった。
「きっと、Director達は今頃私を殺す算段をつけている頃だろう。分かっている、-kunにとって、我々人の命はさしたる価値はない……それこそ路傍の石のようなものだろうという事は」
「いえ、そこまでではないですが……」
その頃、VandalieuはHoover・Tohn医師……元医師が入れられたsickroomで彼と話をしていた。自分と話をした後、sickroomに入れられたと聞いて心配になったからである。
Hoover・TohnはVandalieuを検診した際、型通りのカウンセリングをして、それだけで検診は終わった事にする予定だった。Vandalieuが質問に答えても答えなくても、関係なく。
Vandalieuも彼の検診に、真剣に応じるつもりはなかった。
だが、その検診でHoover医師はVandalieuに導かれ、逆に彼のカウンセリングを受ける事になり……今に至る。
「でも、知っていてほしいのだ。そうなったとしても、私は-kunに会った事を後悔していないという事を。
私が医師の道を志したのは、人を救いたかったからだ。最初は回復magicの使い手を目指し、次に薬品を作るalchemistを目指し……才に恵まれなかった私は挫折を繰り返して、気がつけば人の心を診る事を生業にしていた。だが、道は変わっても志は変わっていないはずだった。
それなのに、気がつけばこのclinicで患者が死ぬのを待つ日々を送っていた」
「……sensei、もしかしなくても俺の話を聞いていませんね?」
「senseiか。患者や、そのfamilyは私をそう呼ぶが、患者を癒せない、癒せない事に慣れてしまった私には、そう呼ばれる資格はない。
だが、-kunはそんな私に手を差し伸べてくれた。最後まで私の話を聞き、無知で無力な私を受け入れてくれた。-kunにとってはHumanの悩みなんて、取るに足らないと言うだけかもしれない。だけど、私は本当に救われたと感じたんだ。それに嘘はない」
「sensei、あなたの感謝の気持ちを疑った事はありません。ありませんが、何故あなたは俺をHumanとは異なる生物として扱うのでしょうか?
何度も言いますが、俺はHumanですよ」
Hoover・Tohn元医師は、Vandalieuに導かれている。しかし、そのimpactかVandalieuをHumanとは頑として認めなかった。狂人ではない事は認めたが、Humanの形をした人とはfundamentalに異なる生物として扱い続けている。
この事をDarciaに相談すると、「大丈夫よ、Vandalieu。誰が何を言っても、Vandalieuは私の最愛の息子である事に違いはないわ」と言ってくれた。worldが輝いた気がするほど嬉しい言葉だったが、何か誤魔化されたような気がする。
「ふふ、おかしなことを言う。それではあなたがHumanという事になってしまうぞ」
「おかしなことを言っているのはsenseiだと思いますが……そうですよね?」
「偉大なるVandalieuの言う通りです」
Vandalieuの背後のspaceの狭間に控えるGufadgarnは、そう肯定する。
「っ! いけないっ、自分を誤魔化してはいけないっ!」
「落ち着いてください、sensei。誰も自分を誤魔化してなんていませんから」
「ちがうっ、違うんだっ! そうじゃないっ、-kunは――」
『賑やかだな』
ずるりと、小さな通気口から細い肉色の蛇……Ghostが現れた。
「外の職員がやってくるんじゃないのか?」
「大丈夫です。magicで音が外に漏れないようにしてますから。それより、職員会議はどうでしたか?」
「真っ黒だった。他の患者……新しい友達の事も話していたが、彼らやAmeliaが快方に向かうと困るらしい」
「それはそれは」
興奮して暴れだすHoover医師を抑えているVandalieuは、このclinicでAmeliaのsickroomに行くまでに出会った患者達と話をして、結果的に患者達の何人かは導かれた。多重人格に悩んでいる青年には、Spirit Formを揉み解し整える【Spirit Tuning】skillで治療を行い、【Spirit Form】skillで他の人格も同時に現れる事ができるようにして、人格同士の和解を促した。
力を求めてmagic的には意味のないmagic儀式をしていた男には、Bodyを鍛える方法を教えた。
familyから性的暴行を受けた心の傷で廃人になっていたShoujoは、自分の体は汚れ切っていると言っていたので、擬似reincarnationなどで生まれ変わる手伝いを約束した。
幼児退行を起こしていた男を宥めてあやし、(残してきたDemon King Familiarが)一緒に遊びながら勉強を教えて情緒を育みながらもう一度大人になろうねと促した。
幻聴に苦しむfemaleには、落ち着かせた後付き添いにDemon King Familiarをつけて、『あなたは大丈夫。俺が憑いていますよ』と囁いている。
彼らは通常の、心をDiseaseむ前のconditionに戻るという意味の快方には向かっていないかもしれない。しかし、それはVandalieuにとって些細な事でしかない。良くなっているのだから良い事なのだ。
Amelia Sauronに関してもそうだ。彼女はここ数日で、明らかに快方へ向かっている。幻覚の夫を見て会話することはなくなった。そして職員や医師を夫だと思い込む事もない。
今では夫だと認識するのはVandalieuだけだ。……これにはVandalieuも、どうしてこうなったのかと思わずにはいられないが、なってしまったものは仕方がない。きっとfrom here更に回復するはずだと信じる以外にないだろう。
なお、Ameliaが幻の夫と会話しているとDirector達が思い込んでいるのは、roomの中に隠れているVandalieuに向かってAmeliaが話しているのを誤解しているからだ。
しかし、患者達が快方に向かう事は、Director達にとっては受け入れがたい事のようだ。
「ここ、もうPsychiatric clinicという名称を変えるべきでは?」
「返す言葉もない」
「そのsensei、こういう話だけは聞くんだな」
「まあ、それはともかく、今日中にAmeliaに薬を飲ませるつもりなら、やっと現物が手に入りますね」
このclinicで患者に出す薬をCompoundingするためのroomは既にGhostが見つけたのだが、肝心の薬は材料となる素材のconditionだったため、どんな薬なのか分からなかったのだ。
素材が分かればある程度予想も立てられるが、どの素材をどれだけの量使うのかによって、適した治療法が異なってくる。そのため、薬の現物が手に入る機会を待っていたのだ。
「患者達に出している薬の効果は、私も知っている。だが、薬の材料についてはDirectorしか知らない。しかし、完治を期待されている一握りの患者に飲ませる物以外は、毒と変わらないはずだ。
そのAmelia Sauronという患者は今どこに?」
そう尋ねるHoover医師に、Vandalieuは胸に手を当てて答えた。
「娘-san達がお花畑と走っているのを見ています」
季節感を無視した色とりどりの花に囲まれて、Elizabeth Sauronと侍女のMaheriaがキャッキャとscreechをあげていた。
「ぎやあああああ!? ここの花全部Monster Plantじゃないのぉぉぉっ!」
何故なら、全ての花が根を足代わりにして移動する植物型のmonstersだったからである。
「お嬢-samaっ、囲まれています! 落ち着いてくださいっ!」
しかも、Monster PlantたちはElizabethを包囲したconditionを維持するため走り回っていた。
「うふふ、あんなに楽しそうにはしゃいで。いつ以来かしら、あの子があんなに無evilな-sama子を見せてくれたのは」
「確か、最後にピクニックに行ったのが『五年前』でしたね」
そしてその-sama子を、VandalieuはAmeliaと一緒に眺めていた。
「こんなとんでもない所へお母さまを連れてくるなんて、覚えてなさいよぉぉぉっ!」
「そもそもここはどこなんですか!?」
彼女達がいるのは、Vandalieuの【Body World】の一つである。ピクニックに相応しい景観を作り出すために気合を入れて作ったら、Manaまで籠もってしまい花や植物がmonstersになってしまったのだ。
「ElizabethはAmeliaが大好きみたいですね」
「うふふ、焼きもち?」
「いえいえ、あの年頃は父親から離れたがりますから、時期の問題ですよ」
「そうかしら? あなたが私達の初めて出会った記念日を忘れた時も、あの子は私より怒ってくれたじゃない」
「それは『三年も前の事』じゃないですか」
Ameliaの妄想を否定しないVandalieuは、すっかり彼女の妄想を覚えていた。彼女が作り出した幻の過去で、何時何処で何が起きたのか、日記に纏める事もできる。
もしAmeliaの妄想検定があったら、一Class資格を楽々獲得できるだろう。
(人の母親を呼び捨てで呼ぶんじゃないわよ! あいつ、母-samaの治療じゃなくて母-samaとイチャイチャしたいだけじゃないでしょうね!?)
「Elizabeth、邪推はいけませんよー」
「心を読まないでくれる!?」
「お嬢-samaっ! 口から考えが漏れています! 私としては、何故離れているVandalieu -sanがお嬢-samaの呟きに気がついたのかが気になりますが!」
『お嬢-sama方、お茶が入りましたぞ。運動はそのあたりにして、一息いれませんか?』
「Sam -sanっ! それはこのMonster Plantに言って! あたし達を追いかけ回すのを止めるようにって!」
Ameliaの治療のために、外に出る事が必要だとVandalieuは判断した。しかし、ただ【Teleportation】で外に連れ出すだけでは、万が一の場合誰かに目撃されて面倒な事になるかもしれない。
そこでVandalieuは、Ameliaを自身の【Body World】に連れていくことにした。そこでなら誰にも目撃される事はない。
そしてElizabethとMaheriaにはSamに乗ってもらい、見た目よりもずっと広大なcarriageの中を案内している間に【Body World】に【Teleportation】して来て貰った。
ちなみに、これで二回目である。
「そういえば、学校の方はどうなっているの? ElizabethやMaheriaとこうして過ごせるのは嬉しいけれど、勉強が大変じゃないかしら?」
「問題ありませんよ、Amelia。ElizabethやMaheriaの成績は優秀ですし、teamで行う課題でも十分な評価を得ているそうですから」
AmeliaはElizabeth達が通っている学校の事を、Nobleのyoung childが通う学校だと思い込んでいる。それに合わせてVandalieuもぼかして答えたが、実際に彼女達の成績やElizabethのpartyの成績は良い。別行動中のZohnaやMactの訓練も継続している。
Gufadgarnを説得して協力してもらっているため、monstersとの実践訓練も今まで通り行われている。……VandalieuもDemon King Familiarで確認している。
Vandalieuが入院しているため、party単位で受ける実習での単位はまだ取れていないが、それも彼が戻ればすぐ取れるだろう。
「俺もいますし」
「ふふ、あなたが勉強を見てくれているなら安心ね」
「……そうですね」
たしかに修行をつけているので、勉強を見ていると言えるかもしれない。ただ、VandalieuはElizabethの保護者ではなく、party memberである。
「じゃあ、もう少しここに居ましょうか」
「あら、でもそろそろお薬の時間だと思うのだけど……そう言えば最近お薬を飲んでいないわね」
「ええ、だからきっと今日もお薬はありませんよ。明日も、明後日も、ずっと」
【Body World】のVandalieuは、そう言ってAmeliaにお茶を勧めた。
職員の男はclicking tongueをしたい気分だった。以前なら、「お薬の時間ですよ」と言って薬を出すだけでよかったのだ。
それなのに、まずVandalieu Zakkartが自分のsickroomにいる事を確認してからAmeliaのsickroomに向かい、彼女を普段は使わない処置室に連れて行き、鍵を閉めてから薬を投与するという、面倒でただの職員である男にとって意味があるのか不明な手順を踏むよう命令されたのだ。
(まったく、Director達は何をビビってるんだ?)
職員達は、clinicの雰囲気の変化に気がついていなかった。何故なら、彼らは患者に親身になって世話をしているわけでもなく、また持っている医療知識もそれほど深くないからだ。
だから患者に変化が起こっても、彼らにとっては「今日も昨日と同じように変だな」と思うだけなのだ。
「はい、このroomに入ってくださいね」
微笑みを浮かべたまま大人しくついてくるAmeliaを、職員の男は処置室に招き入れた。中には医師や職員の指示を聞かない患者を拘束するためのbelt付きの椅子等があるが、彼は使う必要を覚えなかった。
「じゃあ、この薬を飲んでくださいね……しかし、以前は俺の事も夫だと思ってよろしくやってくれたのに今では口もきいてくれないなんて、寂しいもんだぜ」
alchemistでもあるDirectorがCompoundingした丸薬と水の入ったcupを渡した職員の男は、彼女に聞こえないよう呟く。
「早くそれを飲んで、元の可愛いcrazy女になって――げえっ!?」
呟き続けていた男は、突然ぞっとするほど冷たい手に首を掴まれ濁ったscreechをあげた。驚愕した彼が見たのは、自分の首を微笑みながら片手で締めあげるAmeliaの姿だった。
だが、その姿は次の瞬間優し気な夫人から、濁った赤い瞳をした女Vampireに変わった。
『Vandalieu -sama、薬の現物を確保いたしました。この男はどうなさいますか?』
Ameliaに化けていたVampire ZombieのIslaがそう尋ねると、虚空が揺らめき、Vandalieuが現れた。
「とりあえず、生かしておきましょう。越えてはいけない一線を越えていたら、他の人達と同じ目に遭わせます」
職員の男は気がついてしまった。今日が自分にとって終わりの日になるという事に。